家の近くのちょっと行ったところに歩道の脇のスペースを利用した花壇がある。
見るところ誰かが自発的にそのスペースに花を植えているような、いわゆるちゃんとした公共のものではない感じがあった。
通りすがりによく気にしてみていた。季節によってパンジーが植えられていたり、コスモスが植えられていたりしていて、なごませてくれていた。
ある日そこの花壇の前でバックパックを背負ったおじさんがじっとその花壇を見つめているのを見かけた。
ちょっと遠くから見ているとおじさんは花のダメになったところを取ったり、ちょっとしたゴミを拾ったりし始めた。
あっ、おじさんはこの花を植えた人なんだと感じた。
おじさんは愛おしそうに花の世話をしていた。
私はおじさんに何か声をかけようか迷って結局何も言えないままそこを通り過ぎた。
季節は冬になり、花は全部枯れてしまった。
次の春またいつの間にか花が植えられていた。おじさんが人知れず花を植えていたんだ。そして、また冬がきて春がやって来た。それが何年か続いていた。
私はそれを当たり前の事と思っていた。
だが、ある日突然その花壇は横に大きくサイズが広げられ、明らかに市が作ったのであろうちゃんとした花壇に替えられていた。
花のみならず、小さなトマトやズッキーニの苗なども植えられていた。
私は何とも言えない気持ちになった。
そして、その花壇の前でその花たちを見ているおじさんを見かけた。おじさんは何をする訳でもなく、ただじっと花を見ていた。
私はおじさんの真剣な横顔を見た。そして、おじさんのバックパックを見ると何故か泣きそうになり、その場を通り過ぎた。
また、私は声をかけそびれてしまった…。
でも、声をかけたとして、私に何が言えただろう。
おじさんと花の世界に。
それ以来おじさんの姿を見る事はない。